施設と病院での看取りのあり方の違い

大清水特養です。
今回の当施設での看取り介護は、認知症の症状により病院での検査や治療を受けることより施設で穏やかに最期を迎える事をご家族が望まれました

ご家族は遠方に住んでいる為、電話での病状説明から判断をしてもらわなければならなかったのです

しかし認知症がなければどうだろう…
病院で検査をし、食事が摂れなくなった原因や、少しでも点滴での栄養や出来る事だけは望んだのではないだろうか?

遠方から何度も面会に訪れる事は難しいため
いつのタイミングでご家族様に連絡を
するのがいいのだろう?悩む毎日…。
今日はまだ大丈夫、今日もまだ大丈夫だろう
しかし、日に日に弱っていく姿を見ると
いつどうなってもおかしくはない
明日は来てもらおうと連絡を入れる事にしました。

施設で看取るとは、点滴などの無理な栄養は入れずに静かに亡くなるのを見守っていく
「余命」が読めないということです。
検査データーや画像、モニターに繋がれているわけでない
簡易的に測る血圧計や体温計、SPO2値(血中酸素濃度)
しか数字として表れるものはなく、
あとは観察力、
それから自分の経験が頼りになります。

ご家族が会いに来て付き添われた
その日の夕方から呼吸状態が変わり
ご家族様が
「おかあさん、おかあさん、おつかれさま」
と話しかけ
手でお母さんの顔を撫でる中
眠るように息を引き取られました

最期は大切な人に見守られながら迎えること
ができて良かったと思いました

いつもこれで看取りが終わったと感じるのは、息を引き取られ、家族との時間を
過ごしていただいた後の
ご家族の優しい温かい表情を見た時です
今まで、19件の様々な看取り介護をしてきましたが
どの家族も寂しい悲しい表情ではなく、
とても優しく、温かい何とも言えない
表情をしています
その表情を見ると、あぁ看取りが終わった…
と感じるのです

私達職員が出来る事は、
施設で「その人らしい最期を迎えること」の
手助けをすること
何の機械にも繋がれず、モニターのアラーム音
ではなく、
その人が聞いていた好きな音楽や演歌が
流れている

入居者様の日々の表情や言葉の一つ一つを
目と耳、心で看ることができる
そんな施設でありたいと思う、看取り介護でした。

開設後12年での看取り件数 19名

イラスト協力:M.Nさん

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