特別養護老人ホーム大清水彩幸で暮らすHさんは、ずっと
「ウナギが食べたい」と話していた。
しかしコロナ肺炎を患ってから嚥下機能が低下し、思うように食事ができない日々が続いていた。
食べたい気持ちはあっても、飲み込む力が追いつかない。
ご家族も職員も、その願いを叶えてあげたいと願いながらも、なかなか実現できずにいた。
そんなHさんが94歳の誕生日を迎えた日。
ご家族がそっと持ってきたのは、
Hさんが長年愛してきたウナギ。
香ばしい匂いが部屋に広がると、Hさんの目がぱっと輝いた。
嚥下の状態を確認しながら、ご家族と職員が慎重に一口を準備する。
そして、ゆっくり、ゆっくりと口へ運ぶ。
緊張が走る瞬間。
__飲み込めた。
その瞬間、ご家族の目にも、職員の目にも涙が浮かんだ。
奥さんの横顔は、長い年月を共に歩んできた夫婦の絆そのものだった。
「おいしい?」「食べられたね」「よかったね」
その一口には何年分の想いが詰まっていた。
Hさんは満足そうに微笑み、ご家族はその笑顔を何度も何度も見つめていた。
ただ“ウナギを食べた”だけではない。
“生きる力が戻った瞬間”を、みんなで共有した特別な時間だった。
Hさんが一口のウナギを飲み込めた瞬間、ご家族の目に涙が浮かんだのと同じように、そばで見守っていた職員の胸にも温かいものが広がった。
日々のケアの積み重ねが、この一瞬につながったのだと思うと、言葉にできない達成感があった。
ご家族から「ありがとう」「本当にうれしいです」と声をかけられたとき、職員たちは改めて感じた。
__この仕事は、人の人生の大切な場面に寄り添える仕事なんだ、と。
嚥下の状態を見極め、どうすれば安全に、どうすれば
“その人らしい喜び”を取り戻せるかを考え続ける。
その努力が、ご家族の笑顔につながり、本人の生きる力につながる。
介護の現場には、こうした小さな奇跡のような瞬間が確かに存在している。
Hさんの満足そうな笑顔を見ながら、職員たちは静かに誇りを感じていた。
「この仕事をしていてよかった」
そう思える時間が、またひとつ増えた。








